2021-02-25 第204回国会 衆議院 予算委員会第一分科会 第1号
しかし、政党の歴史を振り返る上でも、そのときそのときの政治課題などが端的に表記をされるようなポスター類というのは歴史的な価値もあると考えておりますし、政党が離合集散することが多いので、資料そのものが消えてなくなる可能性も高いといった点で、こういった政党関係の資料をしっかりと収集していく、こういう取組というのが必要ではないかなと思っておりますので、国会図書館が収集対象としていない政党の宣伝物などについて
しかし、政党の歴史を振り返る上でも、そのときそのときの政治課題などが端的に表記をされるようなポスター類というのは歴史的な価値もあると考えておりますし、政党が離合集散することが多いので、資料そのものが消えてなくなる可能性も高いといった点で、こういった政党関係の資料をしっかりと収集していく、こういう取組というのが必要ではないかなと思っておりますので、国会図書館が収集対象としていない政党の宣伝物などについて
先ほど申し上げましたとおり、二十世紀型というのは、大きな組織、大きな企業とか大きな都市、力の大きい人、組織などが有利な時代だったわけでありますが、二十一世紀型の社会というものは、機能別の小さい単位が状況に合わせて離合集散することで変化を乗り越える力、これを得られる力だというふうに思っています。
そういう中で、大切なことは、定期的に離合集散を繰り返すのではなく、政治の安定を図る、政治の安定を図って、国民の皆様とともに政治を前に進めていくこと、これが大切なのであります。 この大事なことを改めてこの場で確認をさせていただくとともに、内閣不信任案につきましては、毅然と否決をしていただくことを強くお願いを申し上げ、私の反対討論といたします。 御清聴ありがとうございました。(拍手)
この二十五年間、さまざまな党ができて、そして消えていったり、あるいは離合集散があったわけでございますが、国民が求めていることは何かといえば、それは、国家のあるべき姿を見据えて政策をつくり、それを政策を示し、実際に実行し、結果を出していくことなんだろう、こう思うわけでございます。
政党が離合集散をして、私はもと、みんなの党というところに、実は日本維新にたどり着く前におりましたが、残念ながらなくなりました。みんなの党は解党いたしました。
まあ、あの国も、大統領がこんなことになったり、しょっちゅう政党が離合集散したりして、わかりにくい国でございます。意思決定というのがなかなかしっかりとできないときがありますが、こうした場合には日韓でどのような連携ができるかということについては、どのように今協議をしているんでしょうか。
また、選挙目的や党利党略で、理念、政策を捨ててまで離合集散するようなことも決していたしません。 誰と組むかではなく、何を実現するかが大事であり、是々非々の立場から政権に向き合ってまいります。誤った政策や足らざるところは厳しく批判しますが、提案型責任政党として建設的な議論に努めてまいります。
ただ、第二党以下は何を考えるかといえば、政権党に対抗する政党をと考えざるを得ないから、離合集散が起こり、二大政党になるかと思ったら結果的に溶解する、これを繰り返すことになります。 そんなことは、実は、二大政党制といういわば制度前提がないこの国に小選挙区制を持ってきたらそうなることは当然わかっていまして、何度も警告しました。残念ながら当たってしまったと思わざるを得ません。
政党の再編、離合集散を促進し、国民の目線から見れば政党交付金を受け取るためかと見え、政界の劣化につながっているのではないかとの参考人からの指摘は深刻に受け止めるべきです。 政党は、国民の中で活動し、その政策を訴え、国民の支持を得て、その活動資金は国民一人一人からの個人献金によるのが常道です。
離合集散、選挙互助会体制に週刊誌ネタが中心となるようなこの国会で、国民から未来を託される資格があるのか、私はもう一回問いただしたいと思います。 国会の質疑の本来あるべき姿、総理はどのようにお考えになっていらっしゃいますでしょうか、お願いを申し上げます。
このような政党助成金は、この間、新党のつくってはなくなっていくというのが繰り返されておりますけれども、その背景には、五人以上の国会議員を集めれば政党助成金をもらえるということが、政党の離合集散をもたらす背景にあるわけであります。
○参考人(日野愛郎君) 政党交付金の問題でありますけれども、政党交付金というのは、これはやはり政党というのが公の存在であり、そして持続的に存在し続けて、それはもちろんいろいろ離合集散ありますけれども、その下で政党政治が行われるということでありまして、これはヨーロッパ等々でも、政党交付金というのは八〇年代、九〇年代と認められていったという流れもあります。
さらに、各企業の自由度が高まりますので、企業間の離合集散が大いに進むであろうということも期待されます。折から、ごく最近のことでございますが、ゼネラル・エレクトリックがフランス重電大手のアルストム社の一部門を買収する、さらにそこに横から、横からと言っては失礼ですけれども、東芝も参戦するというようなことがございまして、なかなかおもしろい展開ではなかろうかという気がいたします。
そして、政治勢力の離合集散など激しく変動する政党政治の中にあって、五十年の歴史を刻んで、今日、公明党は、与党として国政の一端を担わせていただいている重い責任を自覚し、決意を新たにしております。
政党の離合集散を牽制されながら、安定した、政権担当可能な一大勢力たる政党となって、我が党と、自民党ですが、国家、国民のために議論することを望んでいる。 何か、巨大与党の余裕すら感じられます。 自民党の皆さん、皆さんも、切磋琢磨できる、自民党に対抗し得る野党がなければ、緊張感もないでしょう。何なら、自民党から出てきて一緒に再編をやりませんか。
このような状況が、現職国会議員の離合集散による年末の駆け込み新党の結成につながっており、理念や政策を一致させないままの数合わせで政党がつくられ、何を目指す政党なのか国民には甚だわかりにくい。選挙において政策の選択肢を国民に提示するという民主主義の観点からも不健全な状況が生まれております。
戦後になりまして、各ぐれん隊などが利権拡大を図って離合集散を繰り返して、先ほど申し上げた四つの地区にそれぞれ勢力を有する工藤会、太州会、福博会、道仁会の四つの暴力団組織が結成され、さらには十八年に九州誠道会が道仁会から分離した。また、広域暴力団の山口組も福岡に進出しているというような状況でございます。
昭和三十年代ごろになりますと、博徒やテキ屋、ぐれん隊が互いに対立抗争や離合集散を繰り返す中で、資金獲得を図るため組織の威力を利用して暴力的な犯罪行為を敢行するようになり、それらを暴力団と呼称するようになったものでございます。
政権交代のためには、思い切って小選挙区中心の選挙制度がいいのではないか、九三年には多分、御党を含めて、あるいはいろいろな離合集散がありましたが、最終的にはそういうことで国会で合意をして今の制度になったわけであります。 特にこの二〇〇五年と二〇〇九年の選挙で、自民党が衆議院で三百議席を超え、我が党が百議席前後になり、その後の九年ではちょうど逆のような数になる。
○政府参考人(佐渡島志郎君) 私は、直感的に申しますと、どっちのマトリックスを先に通すかという話に帰着するんではないかと思いますけれども、今の現況でいきますと、離合集散のやりやすい方を取った方がいいんではないか。
私も、いろいろな制度の変化や政党の離合集散の中で三十年余り、最初の立候補からいえばもう三十五年になろうとしておりますが、こういうことを続けてまいりました。中には、戦った相手の人が同じ党になったり、同じ党であって協力した人がまた別の立場にお互いになったり、いろいろあります。
○内閣総理大臣(菅直人君) 御承知のように、政党間のいろいろなやり取りというのは、私もかなり長くこの国会におりますので、かつてもいろいろな離合集散の中で、いろいろな場での話がありました。